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kame’s blog

大切なこと

人の不幸は蜜の味に惑わされない

自分もたまになってるかもしれません

そして自分が弱って落ちてるとき
友人がどんなかで、見えて来ちゃったりします
嬉々とした目で色々聞いてきて心配してくれる人
一緒に泣いてる人
どうしたらいいか一緒になって考えてくれる人

本当の友達って、最後の人が多いです

他は友人ではあるし良いとこもあるけど、まぁちょっとあれだったりで

人の不幸は蜜の味って、人間の本質的な気持ちらしい

でもたかだか人生半分来たかな?ってくらいの私でも
このモチベーションの上げ方は
破壊的って思います

例えば、バスケでフリースロー対決で
相手に失敗しろとか念じてるときは
外に意識が向きすぎてて自分も失敗

人に幸せなことがあって妬んだときには、実際は自分の身にはなにも変わりがないのに
とても心のなかが揺れてしまう

例えば、いつも劣等感を抱いていた相手が落ちて
嬉々として自分の良いとこアピールして自分を上げてる人は
他人事で見ているときでも、え?いまそれ?って思うほど醜い自分アピールしちゃってて
とても浅く愚かに見えてしまう

それなのに、どうして人は
「人の不幸は蜜の味」と思うんでしょう?

あるのは、その人が自分で持ってる劣等感
植え付けられ経験してきた劣等感を
優越感で塞いでるだけ

劣等感を抱くぐらいなら、自分の自己実現を目指すか
なにか夢をもつ、目標をもって進んだ方が
優越感で一時しのぎよりよほど建設的

好きなことをして食べていきたいって人が増えてきたのも
こういうのが建設的ではなく
自分の望んだ方向といつのまにか違う方にいってしまうことに気付いたから
なのかなぁ?

綺麗事かもしれないけど
毎日なにをしているかわからないよりも
よほど自分の人生を歩めてる気がします
それがお金がなくたって、社会的地位が低くたって

そういうのにチャレンジできるチャンスを見つけたとき
人は輝くんだよね