kame’s blog

大切なこと

警察の方に聞いた話

先日、変質者の件で弁護士のかたに相談しました
これからどんな感じにすればいいか
何が必要か等

その前には警察のかたに相談に、というか
新たな事が発生したので
報告と抑止が効かなかったかもということで話をしてきました

どちらの際にも、他に現場を見に来てくれた警察のかたにもまず言われたのが
「隣人トラブル」での嫌がらせではないか?ってこと
今ってとても多いらしいです

みんなご迷惑かけようと生きてるわけでもない
普通に生活していても、生活音は様々で
ましてや子供がいたら音も大きい
ご近所との関わりと言ってもみんな多忙で希薄
自治会などが機能していなければ引っ越しの挨拶ぐらい何てこともあって
気持ちの行き違いは多いと思います

密集して暮らしてるせいか
ストレスもあるのかもしれないし
他のストレスもあるのかもしれない

我慢しすぎることはないと思うけど
それでも許容範囲が違いすぎるということで
些細なことがトラブルになったりします


どうしてそんなに他人が気になるのか
警察のかたがいっていたのは

それがいいか悪いかは別として、競争社会であるから
よそが幸せそう楽しそうなだけで憎む人もいたり
その逆で自分を惨めに卑下して相手を攻撃したり
もうドロッドロなもんですよ
人間なんてそんなものでしょう?
よほど人としてできた人間じゃないとそういうものでしょう?
それをきっかけに攻撃や嫌がらせをしてしまうことだってあるんです
こちらが別になにかしたわけでなくても
幸せそうに家族で手を繋いで歩いてた
新しい車を買った
お子さんが、優秀な学校に入ったり勤めた
そんなことがきっかけになることだってあるんですよ

ていうお話
きっと一般人よりそういうの目にする機会多いし
ある意味で達観してる言葉
でも、それってどうしようもないじゃん‼って思う
勝手にロックオンされて、色々思われたって
生きてきた過程がみんな違うのに比較して卑下して恨まれたって
どうにもならない

なんでそんなに憎しみや卑下や逆恨みのきっかけになるような
比較することをいつまでも続けて競争してしまうんだろ
例えば勝者になったとしても
結局、上に行ってもまだそこにも競争はあって
果たして本当にそこに行きたいと心から望んでるのか
本当にほしいものなのか


芥川龍之介の蜘蛛の糸を思い出した
下から上を見て、いつも上を渇望してたり
上る糸が切れて地獄(精神的な意味で)かも


これをこうしないと、ふるいからこぼれ落ちちゃう
これがないと幸せになれない
あいつがいるから自分は不幸だ

そんなのって
苦しすぎ

色々考えさせられる話でした