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kame’s blog

大切なこと

承認欲求は歪んで強いと問題なだけで、欲求自体に悪いものはない

“承認欲求”と検索すると
承認欲求 SNS
がトップに出ました

多分、ツイッターなどで仲間内の悪のり画像をアップしてたりで
一時期、未成年の承認欲求のことをテレビでもやっていたからかな?

未成年に承認欲求がなかったら
大人の存在意味なくなると思うんだけど

若い頃、仲間内でふざけるのは昔から良くあることで
そのおふざけを不特定多数の目にはいるネット上にあげてしまうのは
若気のいたり
子供でも簡単に写真がとれる、それをネットにあげることのできる現代だからこそ起こり得ることなわけで

これって未成年が目立ちたいっていう承認欲求が
と言うけど
どっちかっていったら判断力がない、裁くことしかできない
もしくは人を裁くことで正しい人だと承認されたい
大人の方の承認欲求が問題なんじゃない?

今って、目の前でなにか子供が仕出かしても
学校に通報、親に文句で
その場で叱らないことが私の周りを見た限りじゃ多い

花壇の花を引っこ抜いてしまった小学生を
大人が見ていて
警察に通報なんて言うのもあった

確かに、直接怒ると
いろんな問題があるのかもしれないけどね
逆恨みとか、御近所手前とか

本来なら、子どもたちや未成年の承認欲求を
受け止めるべくして居る大人が
ブレッブレで、本人自体が承認されたがってる

そのぶれた大人を見てるんだもの
子どもたちだって揺れるよね

でも救いは、歪んだ自己愛を形成しきってしまった大人よりも
子どもたちはこれから悩んで苦しんで、自分なりの道を選ぶことも出来るので
きちんと精神が成長する可能性もあるということ

ぶれるというのは
他人の意見や常識を取り入れすぎているから

納得できないことも我慢して飲み込むのが大人と
良くいうけれど
我慢じゃなく納得の方に辿り着くまで頭悩めてもいいと思うんだ
で、我慢じゃなく
腑に落ちた
になる

子どもたちのしでかしたことに
大騒ぎして正否を下して
みんなで責める

それは社会的には立派な大人の顔してるけど
精神は大人じゃないと思う