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kame’s blog

大切なこと

格差社会という幻想

格差を良くないこととする風潮があります
上や下
良い悪いを作り
下の方を何とかしなければ、とか
下にはいきたくない
という思いです

集団意識のなかで、無意識に作り上げられる格差
ヒエラルキーと言うものかな

どんな集団でも起こることで
どこにでもあることだけど
そもそも格差ってどこから来たんでしょう?

小さな集団で見た場合
そもそも、その格差というものの上にいる人が
見下し対象が必要で作り上げた“下の人間”で
持っていないことを不幸だと思うことで抱いてしまった錯覚
自分が下にならずに済んで、ホッとする中間層
ぜんぶ自分が劣ってるとか優れてるとか“比較”で起きてることです

その小さな集団で下に甘んじているだけで
別に地球レベルでみたり
別の集団では“普通”かもしれない

限られた視野で物事を見ているだけです

その狭い視野で見る限りでは
上にいようが下にいようが“安心”と“平穏”がないんですよね

他人が、自分の持っていないものや自分より良いものを持っていたとき苦しさや怒りを感じるようなら
それは自分の中のエゴイズムと
自分の価値がわからないから起こってることです
要は、“本当に欲しいものじゃないけど、人より良いものを持っていたい”
“自分で何が欲しいのかわからないから満たされず、競い合うことでしか自分のものの価値をわからない”
そういう状態

そもそもその“無価値観”だって
集団意識のなかで人の価値観で生きてきて植え付けられ染まってきたものです

生きているという実感は、そんな中には見出だせないし
なにも無くなったときに逆に見えてきます
愛も感じるし、心のフィルターも消えます
“もう降参、お手上げ”って状態ですね

でも、なにもない状態は怖いから(想像と刷り込みだけど)
装備して、転ばぬ先の杖をついて、必死になって
降参はしません

でも、その生き方って
誰かを不幸にしなければ気が済まなかったり
焦燥感に囚われていつも何かに追われている
“先の心配で今を見てない”状態で
いつまでも満ち足りることもありません

そういう集団に属さなければならないと
(人は孤独でも、ほとんどが何かしらの集団に属しています)
とても苦しくて、人は言葉じゃない部分でも交流しているのでいつのまにか染まっていきます
不安、焦り、怒り、そういうものは感染力もあります

ネイティブアメリカンの物語に
ジャンピングマウスというお話があります

ジャンピング・マウス

ジャンピング・マウス


ある日、いつもと同じように仲間と日々を過ごしていたネズミが
他のみんなには聞こえない音と、見えないものに気付き
聖なる山を目指して旅をするお話です

人が感じないことを感じ始めた人に
オススメです