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kame’s blog

大切なこと

小学校の通知表

先日、うちの子が今学期の体育が3段階の一番良い
3だったことを
昔からの友人に聞かれたので伝えたら
足も早く運動得意なうちが2でなんでそっちが3なの?
とキレられました

じゃあ聞かなきゃいいのに…
というか見下し対象だったの?学校も学年も違うのに?と凹みましたけどね

私は、子供が五年生になるまで気が付かず
先日やっと判ったんですが
数字は評定
隣等にかかれてる学習状況の二重丸の数が評定結果になっているんですね
低学年の時は、よくできる、できる、もうすこしで○がついていた箇所の教科ごとの一番良い評価の数で三段階評価を決めてるようです

うちの体育の部分で見ると
いつも◎が2つで残りが○だったので“2”だったのが
一個だけ◎が増えて“3”になっただけです
そんな親が熱くなることではないってことですよね

友達は、うちの子は先生に目の敵にされてて
担任がちょっと問題ありのおばちゃんだから
差別だ!と怒っていましたが
それなら尚更、評価を気にしなきゃいいし
そこまで先生が私的感情いれてると思わないんだけど

たかが通知表、されど通知表
先生が文章で書いてくれる方の学校での様子の方が
色々見えて(良いことしか書かない気もするけど)
学校ではそうなんだと思う楽しみがあります

昔は、教育ママと言えば一部の人のことだったけど
一人っ子が多かったり、結果や数字に拘る現在は
教育ママの割合のが大きいです
みんな評価を気にして生きています

そもそも、子供が自分でやる気でないと実にならないので
“見守る”とか“親が受け止めてる”が
この時期は大事で
子供も子供なりの世界で自分は劣ってると凹んだり
勝ってると凸ったりする様子です
ヒエラルキー作ってます
自信を無くす、自分大きく見せようとする自己否定感だって出てきます

大きくなると自我の発達とともに色々出てくるのだから
バカでもボケでも母は自分を受け入れてるって安心感?みたいな
もちろん親の助けが必要なことはあるけどね
揺らがない自己肯定ってそういうことで土台が出来る気がするんだよね

何て言ってる、うちは友達からすると
将来が大変な負け組らしいです
友達だから心配してくれてるのか?

んなことより、たかだか10才前後の子供なのに
○○君は3つ位しか服を持ってなくていつも同じの着てると笑うとか
○○ちゃんは習い事一杯でお金持ち、でも○○ちゃんは一個もしてないからダメとか
自分はサッカーやってるから上の人、友達も上の人としかつきあわない
そんな価値観ばかりで育っちゃってるほうが
問題なんじゃないかな?
と思います