kame’s blog

大切なこと

人生をコントロールしてること

親というのは、無意識にも意識的にも
子供の人生をコントロールしたいと思っちゃったりします
自分がしたような失敗をさせたくない
自分が感じたような劣等感を味会わせたくない
自分のように優位な地位についてほしい
など

でも、全部が思ったようになんていかない
別の人格だから
万が一、ずっと思うように子供が動いても
大人になってから子供が苦しんだりする

これは良くありがちなコントロール


依存的な親の場合
自分の価値観の範囲内に子をとどめる
こうじゃなきゃならないという規範が狭小なことには目を背け、家族の絶対君主が親で
逆らえなかったり
そういう親は、いつも被害者意識で不幸のなかにいる

お前たちのためにこうなった、自分の幸せを犠牲にしたとほのめかして子供を縛る
罪悪感をたくさん抱かせて、共依存的な関係で
家庭内は丸く収まってるようでも
他者との関わりで認知の歪みが大きくなる

親はお前たちのためにっていうわりに
本当は大部分が自分のことしか考えてない
本当に考えてたら、お前たちのためになんていったりしない

このような関係を、ぶち破って壊すことが
一番の親孝行で
人生の操縦席に自分が座っているということなのだと

そうわかったときに初めて成長できるんじゃないのかな


年老いていくまで気付かずに生きて来た場合
みずから成長を積み上げてこなかった場合の
老後は悲惨なものになるかもしれない

頑張って勝って、苦しんで
苦労すれば報われると信じて
いつか幸せになると思ってたくさん我慢してきたのに
年を取ったらなにもできない
したいこともわからない
自分が大切だと思ってきたものは、実は他人がきめたことだったので
本当の気持ちは違った
こんなはずじゃなかったっていう虚無感

向かいどころのない怒りや憎しみが家族に向かい
本人だけでなく周りまで巻き込んで
誰も幸せじゃなくなってしまう


別にワガママに生きていく訳でなく
人の目を気にしたり
どうせ無理と諦めることを減らすだけだって
幸せだし
周りにも良い空気をもたらせるのに
いつも何かのせいにしてはやり過ごすような

考えすぎることを止める
なるべく今この時にちゃんと向き合うしかないのかもね

ただでさえ人生の状況なんて、何が起こるかわからないし
前もって準備して回避しようとしても
それが全く役に立たないことだってあるんだから

今、変化してきていること

大昔から、人と違った視点で生きてる人はたくさんいたんだろうっては思う
音楽家だったり、作家だったり、革命家だったり
どうしようもない人だったり(笑)

残した作品や、足跡で伺い知ることはできたり
その人の一言が後々に残ったりで
引っ掛かりを持つ思考のとき
すっと入ってくる


昭和を経て、経済も絶頂期を過ぎて
世の中は陰りを見せてるようだったり
先行き不透明な気配もしたり
不思議なこともたくさん起きてたり

人と違った視点で生きてるっていうことが特殊なことではなく生き方のひとつとして選択する人も増えてきていて
当たり前の価値観も変わり始めてるのは
ニュースなんかでもアレ?って気付くことができる


そんななかで、自分のやりたいことを優先する生き方の自己啓発の本がたくさん出てるわけで
ポジティブな捉え方が流行してたりもする
こうすると良いですよ!的な本の数々

でも、それも感じることなく腑にも落ちないのに鵜呑みにし、教科書にしてる場合…

それは人が決めた良いとされることに乗っかっているだけで
今の自分を否定して、何者かになろうとしてる姿は
今まで繰り返されてきたことと何ら変わりはなく見えたりする

そういう系の人たちはちょっと怖いというか
洗脳されてるような怖さがあるんだよね
元がそういう意図でないものが、そこで曲解していくような
妙な集団意識や特権意識を感じる
洗脳先が変わっただけ

まぁ、それもこれも不正解って訳じゃないんだろうとは思うけど
どうして盲目的に自分じゃない誰かを信じちゃうんだろう?その人の言うことに従ってる時点で余計苦しくなっちゃうじゃん?って気付くと
そんな簡単なことのほうがスッキリさっぱり気持ち良くなったりしちゃいます(笑)
そしてそんなことが出来ちゃうのが
今のこの時代の波なんだと思う

蝋燭で過ごす

久しぶりに、のんびりした気分で
電灯を消して
蝋燭で灯りをとって過ごしてみました

息子はパソコン好きで、ゲーム好き
夫はテレビ好きで幼少期に自宅兼店舗が火事になったことがあり蝋燭はビクビクしたり

なので夫の帰宅が遅めで、息子がお風呂に入ってるうちに
廊下からリビングまで蝋燭の灯りにしちゃいました(笑)

だって反抗期で、蝋燭に切り替えるよ~って言っても
小さな頃見たいに喜んでくれないんだもの…

出てきてプリプリ怒りながらも、キャンドルナイトに付き合ってくれる息子

お風呂はいって出てきたら家のなか暗くて蝋燭って
ホラーだから!と正論でした

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これは100均で買ったキャンドルホルダーなのだけど
光の洩れかたがすごくお気に入り

台所では、家事が終わると長居しないので
仏壇用の短いキャンドルを
ぶら下げた瓶に入れて使ってます

明るい電灯と違って、同じスペースでも奥行きと
なんか創造力が刺激されて
明るすぎないから五感も研ぎ澄まされます

太陽の光をたくさん浴びること

もうずっとそうなってて、私が気づかなかっただけかもしれないけど

最近の太陽の光はなんだか違います

毎朝、日の出を待ってカーテンを開けて
まだ少しも街は静かな時間帯なので
開け放って風をいれて
上ってくる太陽を見て光をたくさん浴びながら
せっせと結露ワイパーで結露を除いて
窓をピカピカにして
さっぱりと部屋を整えてから
起きてくる家族のために今度は部屋を暖め始めます

このときいつも同じように浴びてた太陽が、なにか違ってきてる?と最近とっても気になってます

友達たちや家族には言ったのだけど
まだ立春前なのにすっごくパワフルで
体のセンターライン沿いや、弱っていたとこに
じんわりとしみて凄い効果を感じます

なのでひなたぼっこや日光浴を会う人たちに勧めまくってます(笑)
なんか元気でないって人
イライラしてる友人
悩み事を抱えてる人
八つ当たりしてくる人にも(笑)

目に見えないものを信じない友人たちには
自律神経のバランスにいいよ!冬は冬季鬱になりやすいしって言って勧め
同じ感覚の友人には
センタリング整えてくれるようなパワフルな太陽だよ!って勧めてます

調べてみたら、太陽の黒点が0の日が続いてたせいかのか?とか
なにか理由はあるのかもしれないけど
心地よいならそれでいいかな(笑)

前の晩までなにかを抱えていたとしても
その日の朝一番の太陽を見て浴びると
今日は今日だって
リセットして
新たに頑張ろうって気になります
かといって気合いはいるって訳じゃない頑張りです
無理しすぎない、自然体

午後の西に傾きだした太陽も、感じて浴びれば
効果がわかります
背骨に沿って、気持ち良い感じです
抑鬱とか、ストレス過多で悩んで考え込みすぎてるひとなら後頭部や肩あたりに感じるかも

遺伝子的に違うのかな?

もうかなり前に、働いていたところの代表が
面白い人だった

これ面白い!ってことを引っ張ってきては
色んな会を開催して
アクティブすぎるくらいだったけど
焼きもちやきで、無責任なとこもあったけど
基本的にそばにいると心地よいので大好きだった

だけど、ハッキリものを言えない日本人が多い世の中に
そんな人がいると、陰口が凄い
その人といれば得になるけどパワーが対等じゃないと飲まれちゃうのもあって恨みも買っていたのか
身近にいる私はなぜか周りの人の八つ当たり対象で
苦情もくるし
自分の責任だけど、つぶれてしまった
それぐらいパワフルに動いて好くも悪くも周りをかき混ぜてた人だったんだと思う

それからかなりの年数がたち
その人の文句をいってた人たちが
その人の真似をしだしたとか
なんか群れてゴチャゴチャやってるみたい

どっちかっていったら、その群れてる人たちって
常識人の顔してるし
普通の人たち
でも裏では腹の探りあいで
実は悪どい(笑)善人ぶって悪どい(笑)

そっか、これが固定観念から抜け出せないってことなのか

結局そこから抜けない限り、先出の代表みたいにはならないだろう
というか、はなっからなれないのわかってるから
理解不能なんだろうなー

最近は、この常識とか固定観念からポーンと抜け出ちゃう人があちこち多発しててすごく面白い
空気読めとか、何を言われても自分の事を貫く人

あまりに衝撃だからか
ああだこうだと議論されたり
論理的に説明を必要としたり
頭で理解できないことを必死に理論的に解釈しようと解剖されてる

きっとそんな飛び出しちゃってる人は、数年たてば
いわゆる常識になっちゃったりする(笑)
だって理論でかんがえたって論破出来ないもん
直感で動く人

世間がそういってるからって多数や常識に従う人は
今度は世論が変わればそっちに流れてくからまた面白い
はなっから目標が浅いというか、なにがなんでも手にするっていう貪欲さがないし
直感で動くより、常識で動く


数年前に騙されたって怒ってた人が、今度は別の寄生先にすり寄って
またゴタゴタやってるから
聞いても浅いというか、自己完結しちゃってて
なんかスッキリしてない人たち
言い訳しながらずっとこんなかな?って思ったとき

ポーンと抜け出す人っていうのは、遺伝子的に違うのかもと
ちょっと面白くなりました🙆

更年期のタイプはどれなんだろう

うちの実家の母は
40後半ぐらいに首の後ろが痛くて治療にいきました
部屋も散らかり、イライラがすごく
でも本人は覚えてないし自覚なし

ヒステリーがしばらく続いた頃
孫が生まれて
これがビックリ、孫を抱いてたら穏やかになりました
その後もしばらくおかしいってときがあったけど
まぁ軽かった方なのかな

義理の母は私が結婚したとき60代に入っていて
周りが更年期と言っていたけど
孫が生まれても何をしても収まりません
いまだに収まりません
今は認知症によるヒステリーと言われています

義理の母はがんばり屋です
人より一杯働こうとする
負けず嫌いです

実家の母はボケッとしていて、がんばり屋より怠け者の部類でした
まいっかー的な

今友達が更年期で、本人は認めていないけど
イライラがはんぱない
会っていても辛く
一年ぐらい続いてたので更年期じゃない?って指摘したら
違うと言い張っていました
怒ってしまい疎遠になりました
でも、実家のお母さんが気付いて更年期サプリを送ってきてたらしいし
どうしてそんなに更年期がイヤなのか理解不能

私は気力が落ちています
胃腸も弱くなり
鬱々とすることがある
悲観的に物事をみちゃったり
考え込んだり
イライラしたり

それぞれ性格で違ってくる更年期
何はともあれ、周りに被害を及ぼさずにスルッと終わりたいものだけど
そうもいかないんだろうなぁ

後は、更年期と思いきや
もともとの性格が強く出ただけの、うちのお姑さんのような場合もあり
なんでも更年期のせいってしてしまうのも問題

何かのせいにばかりでなく、年齢による特性として受け入れて
自分でどう対応するか考えていったり
周りに予め迷惑かけること謝って宣言しておいたり
気晴らししながら
なるべく迷惑かけずに乗り越えたいです

何かのせいにしないこと

私の一番悪い癖
ああだこうだといって
何かのせいにして言い訳しちゃう

生きてく上で、ほんとに酷いことはある
でもだからといってそれを理由にぐずぐずして
動けなくなっちゃうなんて損なわけで

踏み潰されたら、踏み潰し返すんじゃなく
それでも前を見ればいい

もうダメってときは、少し休めばいい
でも必ずまた動き出すこと

言い訳したって、あいつが悪いっていったって
自分をダメにしちゃう道理はないし
なにかが悪いからって目標は決まっていれば
そこに向かうだけ

楽な方にばかり逃げてはいけない
かといって頑張りすぎることもない
きちんと見極める目も必要

世の中が嫌なやつばかりになってる気がするなら
そこから離れればいいし
どうしてもそこにいたいなら
頑張ればいい

息子を見ていると、本当に自分の嫌なとこを見ているかのよう(笑)

きちんと地に足つけていこう