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kame’s blog

大切なこと

都市部は、生活の糧は稼げるけど暮らすには向かない所が増えている

なんだか題名で全てなのだけど

うちは地方都市で、近隣の市町村のなかでは大きく
整備されて人工も多目の市町村です
特に駅も近く、他県からの移住者もかなり多く
マンション群も並んでいます
ここ10年程で様変わりしました

町は綺麗で明るくなったけど
なぜか異常者が増えています
ネットや情報メールの普及が井戸端会議を上回って
情報の伝達が早くなって広くなってる事を考慮しても
弱いもの(女性や子供たち)を狙う犯罪や嫌がらせが増えています

取っても綺麗に並んだ家々やマンションの数々
道路だって街路樹だって公園だってとてもきれいなのに
自由が少ないのか苛立ってる人が増えているような
それが町のカラーを作ってるような気がします

その町では、それが普通で常識
だけどちょっと移動すると
それは非常識だしナンセンス

合わない場所なら、移動するしかない

だって、満足してその普通や常識を受け入れていないせいか
弱いところに弊害が出始めていたり
異常者といわれる困った人たちが多すぎる

世界の調査で
幸福度というものを国ごとに指数で計算し順位化したもので日本は51位
なかでも他人を受容する意識が低いそう

不幸だと人に優しい思いやりなんてかけていられないし、自分がよく思われるために心が伴わない優しさなんてお腹がふくれないものね
人に優しくされ、思いやりをかけてもらったら
自分も誰かにそうしてあげたいって感じるもの

さりげない優しさや、心を感じるものは
目には見えないけど
残るし繋がっていくもの

そういうことを拡げていかないと
人として生きていくことが
苦しい世界になっていってしまいそう

変質者の正体

私に起きてた被害は
警察的に犯人は
男性
ご近所
変質的
嫌がらせ
等や
色んな状況から見て、というか前からの不審な行動もあったので犯人は絞り込めていたのだけど

知的に低いのか
社会的地位があまりなくリスクが低いのか
なにか脳に障害(認知症、倫理観の欠如)なのか
警察まで動いても被害は続いていた

警察が来ると一旦、被害が止んで
またしばらくすると繰り返すという感じ

警察で抑止が効かないこと、カメラをつけても死角を見つけてまでの犯行
自転車に唾液を付けるの繰り返されて汚くて手放せば
玄関ドアにつけてくるとかの執着とか
異常さばかりにクローズアップしてしまって
こちらの精神状態がおかしくなってしまった

で、そのご近所さん
薄暗いところにいたり
滅多に出会わないけど
偶然あっても気付かないふりをしたり
関わり合わない態度でいたら
めちゃくちゃ姿を表してきて

近くに借りた駐車場に夕方車をおきに行き
数分で戻ると毎回のように外に出てきてウロウロしているようになった

関わらない(気付かないふりで通りすぎる)を始めてから
被害は無くなったのだけど

気持ち悪すぎて、もう限界かも
引っ越したい…

被害者意識と空気読めってやつ

被害者意識って、本当に厄介で
実際問題でなにかしら被害にあってるわけだから
本人が悪いって言うわけでもない
けど
○○のせいで!って怒って
そこから抜け出せなかったり

もしくは悪いことは、ただしてやらなければ‼なんて
自分風味に変えようとしたりって
そういう被害者意識は、自分の見えてる世界が全てと思っているんだろう

なんかおかしい


最近ほんと思う
権利を主張するあまり、攻撃になってるのに気づかない人の多いこと
そういう人は自己中な部分が強いので、周りを見渡すことなく
迷いなく攻撃、意見を言う
正しい病みたいな感じ

喫煙問題は、現代の魔女狩りにも思えてきたし
学校の様々な問題もモンペとか言っていられないくらいで教師への負担は相当だと思うし
先日ひらかれた学校の懇談会で担任の先生が謝罪したり、自分が拙いばかりにと何か一年間いろいろあったのだと思う

発達障害を騒いでいる、あぶり出すように探してる風潮もそう
芸能人の誰それが発達障害とかの情報がすごくて
エゴイスティックな周りからの理想像を演じきれる人のみ普通なら
逆に普通になんてなったら憂鬱になってしまう
人から望まれた姿のみで生きていたらどこかに歪みができたり
いつか疲れ果ててしまう

みんなだれだってでこぼこなのに


空気読めってやつも
妙な村意識のような気持ち悪さ感じるし
そこで失態起こす人を探してる気がするくらい
いつもいつも誰かの文句ばかり

人と人の適切な距離感と干渉の度合いが崩れているのと
自分だけが大変なわけではないという考えができない狭小さ
言わなきゃ損するみたいな社会の流れ

もちろん、そんな人ばかりじゃないけど
穏やかな人はあまり口を挟まないので
目立って来ないから
どっちかっていったら
自己中な意見が主流に見えてしまう

誰もが意見を言える発信できる時代における弊害なんだと思うけれど


被害者意識にはもうひとつ
意見を言えない被害者意識があって
それは相手を少し思いやって言えない場合と
自分を出す勇気がない人の場合

それは基本的に何かのせいでこうなったと
原因をいつも外側に見つけては言い訳をする人で
そこに留まってしまう
本当に辛かったことを何度も思い出しては怒って
怖れて追体験を繰り返してる

相手を思いやって言えなかった人も
優しく穏やかな人だけど
自分を守る力が弱い
自分を守れなきゃ誰も守れない

仏陀は、人の世は苦であると言うけど
まさにそうだと思う

それもこれも清濁合わせのみ
そのなかでどう生きるのか
これは何歳になっても難しいし
清濁合わせのめる軸のしっかりしたお年寄りになりたい

住宅事情は、地に足をつけて生きられないような自然を感じないもので
四角の大きな箱を区切って入れられたような状態だし
その場その場での集合意識は
上にも書いたように
表に出やすい自己中心的な意見が主流になっていたりする

一過性で、きっとそのうち静まって行くのだろうけど
そっちに乗らずに生きている人がいたら
今は少しだけ苦しいかもしれない

わたしも同じです(笑)
でもそれでも良いって思います

自分のできること、楽しいと思うこと
目の前の事
それを大切に生きていれば
きっと大丈夫

五感を刺激すること

なかなか、いろんなところに飛び出していくのって
勇気が要ります

だけど
いつもの場所じゃないからこそ
五感を刺激するものがたくさんあると思います

先日、息子がスノーボードにいって
初めての事だったので
お留守番だった私はお土産話を楽しみにしていました

最初は全然ダメだったけど
一度コツをつかんだら
一人で一番上までいって滑るのを楽しんでいたこと

ゴンドラで一番上までいくと
高いところと、ふもとでの雪の降り方が違うんだって面白かったこと

雪の踏み心地
てっぺんから見た風景の凄さ
滑りながら顔に当たる風の心地よさ
ゴンドラで会った真っ青な目の外国の方の滑りがすごかったこと

本当に五感をフルに刺激されてきた様子で
聞いてるだけで風景が浮かぶような言葉の一つ一つも

子供と大人の狭間の思春期っていいなぁって

繊細な感受性や柔らかい心は
きっと大人顔してるつまらなそうな人に比べても
とっても気持ち良いし
傷付きやすくもあるんだろう

人は感動することを忘れると
歳をとる
というけれど

歳をとって決めつけてしまうことや
今この瞬間にいないで頭でごちゃごちゃ考えてることで
きっと同じように初めての体験をしても
感動しないのだと思う

だったら大人になるって
成長しているようで退化してる事も多いよね💦

一緒にいった一人の大人が
遊び心のある大人で
多趣味の人生を謳歌してる人だったから
余計に楽しめたのかもっても思う
教えてくれこと、一緒に滑ってくれたこと
カッコつけて見せてくれたワザ
全てが息子に吸収されたみたいだったから


帰りの車で
色んな流れがあってあっという間に今回息子も一緒にいくことになった事を
「きっとね、あそこで偶然会ったときからこうなることになってた」
と言ったらしく
頭のかたい夫は別の解釈していたけど

きっと息子は
「うん、ありがとう」
ってわかってると思う

それは五感じゃなくて、6番目の直感だけど(笑)

心と体は繋がっている

暗い話です
同じような犯罪被害や、精神的に何かあった方などで同じような苦しみにあっているかたの
何かのヒントになれば…


去年から続いている、変質者被害
二月に入る前ぐらいから
食欲がわかないという症状がずっと続いている

なにか食べても、味をあまり感じない
お腹には鉄板が入ったように重たい違和感
美味しいと感じないから食欲が湧かない

現在はカウンセリングを受けているので
良くもならないし悪くもならない感じだけど
理由がわかりました

人間の脳ってほんと深いとビックリ
私の場合、唾液などをつけられる触らされる被害なので
唾液にまつわる「食べること」「口」に
意識していない部分と認識してる嫌悪感で拒否する気持ちが出ているらしい

心と体は繋がっている、ほんとにそう

いつも心がスッキリと
不安や恐怖なくいられればいいけど
時にはこんな変質的な被害に遭うなんて事もあるのが人生

でも、本当に
世の中にあるもっとひどい女性に対する卑怯で卑劣な犯罪は
その女性の深い部分の心を破壊していると認識してほしい

そういうことがわからないから
卑劣なんだろうけど

変質的な被害以外でも普段の生活で
わたしもやりがちだけど

自分が一番大変だ、自分が一番可哀想って思うことって
なにも見えなくなるし、相手の事なんてお構い無し
自分の要求や状況を押し付けまくる
イライラして全くの他人に八つ当たりする
自分さえよければっていう考え
最近とっても増えてると思うし

そういうのって結局はいつまでも不幸な人だと思う
不幸の伝染病だと思う
でも、それが人間なんだよね

マインドフルネス

鈍感な世界に生きる 敏感な人たち

鈍感な世界に生きる 敏感な人たち

ばれていないと思っている言葉の裏側
実は見透かす人もいるんです

いくら美辞麗句を並べても
言葉ではなく心を見てます

嘘は、エコーが効いたような二重のような感じに響いて聞こえてきます

虚飾が通用しないことで、相手は不安になり
いたたまれずに攻撃に転じてきます
見たくないもの、裏に隠している醜い自分を

この世の中は、鈍感な方が生きやすくタフでいられます
それにここ数年はそれが加速してる気がするし
ほっといても自分と向き合わざる追えずに抵抗したり劣等感に苛まれてしまったりで
イラついてる人も増えてます
敏感すぎる人は引きこもってしまったり、昔より疲れたり

でも、直感的にですが
鈍感な世界は壊れる方向に加速してるように見えるし
末期状態の勢いと思ってます
潰しあいも始まるだろうし、もう既に始まってるかも

敏感な人にはとっても辛い
妙な感じです

大事に思うものが違うので少しずつズレていくから
もういい加減、どっちの世界の意識で暮らすか決めなきゃなって思ってるけど
棄てきれずに合わせて消耗してます

バシャールの言っていた二極化って
コレなのかな?って肌と頭のてっぺんと後頭部辺りでめちゃくちゃ感じます
きっとこのままいくと、こっちの世界は憎しみとか恐怖とかネガティブなもので一時期悪化することでしょう
必要な事だからネガティブが悪いって事でもないけど
空気の重たさは好きじゃありません

もう十年近く前に坐禅に通っていたとき
自分の体に、自分のスピリットがビシッと入っているような心地よさを感じていました

いまの時期に、ぶれた自分を感じたらマインドフルネスは必要なのかな?って思ってアマゾンで自分の読んだ本を探したら廃盤なのかありませんでした
マインドフルネスに生きるための秘訣の本は
10年前にはこんなに数がなかったけど
今はすごい数でした
書店に行けばすぐに手にはいる世の中
本当に変わったと思う

そして変わってきた中で自分を律する人の割合が増えれば増えるほど
全体が変わっていきます
多数派に寄る人が多いから
集合体の意識が多数になれば
変わるときはあっという間です

だって10年前はこんなこと言ったりしたら
お付き合い避けられる時代だったのに
今は普通に話せる事になってるのだもの

本当に面白い時に、大変なときに生まれたものだと思うし
迷いやすい時でもあるので

一人の時間を大切に
マインドフルネスに生きていきたいです


上の本は、HSPという名前の高感度な人の本ですが
かなり前の本だけど
こちらはエンパスという、HSPと同じ感受性の強い人をさらにタイプ分けされていて

外側に意識が行きすぎたときの対処や
逆に人と深く繋がるときの方法など
実践もたくさんのってます

エンパシー 共感力のスイッチをオン/オフしよう

エンパシー 共感力のスイッチをオン/オフしよう

世の中、何でも発達障害な風潮だけど
こうやってみるとそんな人たちの一部の敏感な人たちが違って見えます

情報過多で一般人が憶測しあう現代の魔女狩りにしか見えない時もあるしね

レッテルはって、満足するのは
どちらかっていったら鈍感な人のやり方
わからない感じないから名前をつけて排除する

その子が困ってないか配慮する察してあげる
どうしたらいいか考える
それが敏感な人のやり方

一概には言えないけど何はともあれ
大人がおかしい

人から見た幸せより、自分の心から湧く幸せを

息子が、千と千尋の神隠しにハマっています
なんかちょうど千尋は10歳の思春期入りかけらしく
男の子は女子よりちょっとゆっくりとして
すごく良い時期にハマるもんだと納得

ちなみにこないだまでは、ばけものの子にとってもはまってた

大人になりかけの思春期
感受性が良くも悪くも豊かな時期
色々越えてくこの時期

いいなぁ
なんかもう一回思春期をしたい更年期の自分…

きっと親子でたくさん衝突するし
息子の失敗を見ていられなかったり
もう一気に私が何も手を出せないというエネルギーの内流で疲れそう(笑)
結構一人っ子で過干渉だったから

そんな息子が、隣の席の女子に本を借りたり
図書室で学校で決められた冊数を読むために
いろんな本に触れているのが嬉しくて
読んでくれそうと思い買ってきておいた本

スティーブ・ジョブズの生き方

スティーブ・ジョブズの生き方

多分、あなたに買ってきたよって渡すと
自分で見つけた物に価値を見出だしてるようなので拒絶されそう
今はリビングにおいて自分で読んでいる(笑)
与えたものや親と同じものは多分受け付けないかもしれない
でも夫は単純で置いとけば読みそう(笑)


きっちり決められた事を守ろうとしながらも
反発心が湧いてきてるこの時期

多分これから超没個性な学生時代だろう
同じ制服、決められたことをコツコツやりとげる

でも、それは湯婆婆の経営する湯屋のように
生きてくためには必要な道でもあるし
社会との関わりの学びだし
どんなことにも必要になること

ゼニーバだってそう

「この世界の決まりだからね」「ルールなんだよ」
これは湯婆婆もゼニーバも同じことを言っている

へこたれずに頑張ろう